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クロ釣りのを主体とした磯釣りを始めて2年が過ぎた頃、私も釣行記を釣春秋に掲載してもらうようになっていた。そして、もっと釣りが上手くなりたいという気持や、同礁者より1尾でも多く、大きいサイズが釣りたいという気持が強くなっていた。というより、同礁者が誰であれ、絶対に釣り負けたくなかった。そんな時、色んな釣りメーカーがトーナメントの大会を主催していることを知り、まず、第1回マルキュー全日本グレ釣りトーナメント宮之浦予選へと単独参加したのだった。勿論、一人じゃ不安だったので知り合いなどに声を掛けたが、返事はNOだった。
 
宮之浦へ行くこと自体この時が2度目で、同礁者にもクロの釣果は無く、その往復の運転が辛かったことしか今は憶えていない。大会には雑誌で見かける有名人もいて、あの独特の雰囲気に、帰りの車中は大会って緊張感があって面白いなぁと感じていた自分がいたのだった。そして、その年のグレマスターズにもまたまた単独で参加したが、やっぱり検量に出せるサイズが釣れずに、自分の未熟さを痛感して帰ってきたのだった。
 
私は、小中高学校時代は剣道や柔道という勝負の世界にいただけに、こういった順位が付く大会となると、負けると悔しい気持が湧いてきて、釣りでも大会と名が付くものには勝ちたいという欲望が一層牡掻き立てられていた。
 
その後、リョービカップ磯九州大会で97年と98年に優勝、準優勝し、表彰台に上がる気持良さを味わったものの、その他の大会予選もG杯を除いては、トーナメント形式での大会では無く、運的要素が強い大会に何か物足りなさを感じていた。とは言っても、本格的なトーナメント形式の釣りを経験しようとしても、狭き門を勝ち上がり、決勝大会に進まなくては体験することは出来ない。増してや、運よく決勝大会に勝ち進んだとしても、そこにはトーナメントで実戦を積み重ねてきた猛者がズラリとがん首を揃えているのである。その中に飛び込んだとしても、とても勝ち残れる訳がないのだ。
 
  
 
そういった環境の中、インターネットというものが普及していき、釣り人同士の交流も増えていき、同じ志を持った仲間を模擬トーナメントという企画を北九州の渡部さんが実行された。そこには、いつかは全国制覇というテーマを元に、九州各地からトーナメント志向の釣り人が集まってきて、互いに交流を深めるとともに、釣技向上を目的に切磋琢磨する舞台となっていた。
 
釣りにはそのスケールを図る物差しという物が無い分、自分のその日の釣果が1尾だとしても、同行者が0だったらある程度満足する自分がいるし、それが10尾対11尾だったとしたら、どうだろう?相手に釣り勝ったという気持は湧かないはずだ。いくら釣行しても、いくら大漁だったとしても、単独の釣行だったとしても、私は帰りの車中や帰ってからも、もっとこうしておけばという反省点で頭の中が一杯になってしまう。そこに存在するのは、自分自身や海、自然、そして最も図りやすい「相手」というライバルがいるのである。貧果でも満足する時があれば、大漁だったとしても納得できない自分がいる。釣りは実戦を積み、色んな状況に対応できる術を身に付けることで巧くなる事は確かだが、もう一つ大事なものがあるのだ。
 
それは「勘の良さ」=「センスの良さ」なのである。釣っていて、ふと勘が閃き、そしてクロが釣れる。それが釣果の差となって結果として表れるのがトーナメントなのだ(運や潮にも勝敗は大きく左右されるが)。限られた時間内で、もてる全ての力をぶつけて戦うことが出来るトーナメントの舞台は、私達を熱くしてくれる唯一の舞台なのだ。