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どっぷりと磯の魅力にハマってしまった私は月に1度の釣行で満足しろというのは無理な相談だ。ゴルフのそれの時のように2度、3度と釣行回数が増えていったことはいうまでもない。釣り場も近場の玄海島では飽き足らず、呼子や壱岐へと足を伸ばしクロ釣りメインで磯に通うことが多くなった。更にハマってくる時には不思議な重なるもので、仕事関係で再会した高校の先輩までがクロ釣りをしていたから一気に加速が掛っていった。先輩と一緒に釣行することで色々なことを見て、聞いてそれを吸収していった。
 
もう完全に釣りの魅力に取り憑かれた私がそこにいた。
  
 
釣りに行くたびに得るものも多いが、色んな疑問や課題がズッシリとのしかかって来るのも事実である。それを解決する為の術を探すのに試行錯誤することも多くなっていった。
 
「ああ、もっと色んな人と釣りに行き、勉強したい!」
「もっともっと色んな釣り場に行ってみたい!!」
 
思いは募るばかりだ・・。そんなある日、いつものごとく釣雑誌を読みふけっていると記事の一説に会員募集の告知をしているのが目に飛び込んできた!告知の主は誰あろう渡辺昌幸氏ことナベさんだった。ナベさんといえば、天神で居酒屋『浦島太郎』を経営しておられる九州磯釣り界の大ベテラン。近場から離島、メイタからアラやカッポレといった何でもござれのオールマイティーな釣り師として有名だが、その頃の雑誌記事での私の印象は、
 
「いつも酔っ払っていて、楽しそうな人だなぁ」
 
といったモノだった。そして、呼子などの近場の記事を詳しく紹介されていることに、とても親近感を覚えていた。そんなわけで、すぐに高校の先輩のM田氏と入会申し込みをした。初めての例会に参加した時には、私が一番若年で名札を付けられて挨拶し、釣り師独特の異様な雰囲気に圧倒されて、不安だらけの時を過ごした事が懐かしい・・。
 
やがて、多くのクラブの先輩方と米水津や五島や対馬など、色んな釣り場に同行させてもらい技術的なこと以外にも、渡船でのマナーなどの基本的なこと、その他多くのことを学ばせてもらった。そして、私もクロ釣りにはそこそこ自信がついて来た頃、大分県米水津の名礁「横島3番」でナベさんと初めて同礁することになった。
 
この日、私を含めた5名のクラブ員が先発隊として「横島3番」に上がっていたのだが、午前10時頃までで、みんなせいぜい4,5枚程度しか釣っていなかった。そこにナベさんが遅れてやってきて、いきなり「ホレキタッ、またキタッ」となんと1投1匹で入れ食いさせていったのである。
 
「・・・なんで?」
 
そのあまりにも凄まじい光景は、私に‘悔しい’等というありきたりの言葉を想起させる事すら許さなかった。『凍り付く』とは、まさにこのようなシチュエーションにこそ相応しい。その、言葉に表せない程の驚きは私の記憶のスクリーンに今でも鮮明に映し出されるのだ。そして、午後2時にはクーラーを満タンにしたナベさんが、「仕事があるから帰ります」と颯爽と去っていかれた。残された我々は、夕方まで必死に粘っても10匹足らずという釣果で、その技術の差に愕然とさせられた。この体験が、私を一層クロ釣りにのめり込ませる事になった。